天才とは、その頭脳よりも莫大なエネルギーを宿していることの方に特徴があるのではないか

天才の本態は二極性

 

天才が、自分の頭脳を追い抜いて

ただただエネルギーの塊!みたいになったときの

爆発的な爆発みたいなのが本当に凄いのw

 

最近、何度(何人)か目の当たりにしてて、

あぁ、この人も「天才」っていうピースがハマったんだなーっていう瞬間を食らってるんだけど

天才の対極の「ケモノ」みたいになっちゃうんだよね。

 
 

( ꒪⌓꒪)あれは大丈夫なんですか?💦

って、

その振り切れ方(脱皮?w)がちょっと心配になるくらいに

がおーーー!!!!ってなってるからw

  

普段の抑圧から一気に解放されてて

また一歩自分に近づいた新しい自分を

全力で抱きしめ解き放つ瞬間。

 
 

私は誤解してたなーって思ったんだけど、

天才って、実はその頭脳よりも

とてつもなく大きなエネルギーを宿していることの方に「特徴」があって。

 

その途方もないエネルギーを

単に「思考」にも使ってるだけ

☞ 情報処理能力が異常に高い

☞ 天才

ってことなんじゃないかなって。

 
 

私のこの仮説の裏付けを

他の人に丸投げしちゃう形になるんだけど。

 

これだ!ってもう見つけてしまったので

丸投げしてお任せしますw

 

☞ お金でも才能でもない「天才になれる人、凡人で終わる人」生き方の決定的な違い – SankeiBiz(サンケイビズ):自分を磨く経済情報サイト

 
 

天才たちの思考の活動量はスーパーコンピュータ並み

 

…だってさ、こっちをチャネリングしながら同時に自分の思考もできるみたいなんだもんw

これって、マシン1台じゃないでしょ、連結させてるでしょ

その高パフォーマンスなマシンスペックゆえに

活性度を示す「熱発生」もものすごいんじゃないかと。

天才が隣りにいると、熱中症になっちゃうんだよw

☞ 自分が「凄い人」だと気づく前の凄い人に見えていないもの

 
 

↓天才が隣りにいると私が熱中症になる仕組みにも裏付けがw

(これ、本当に面白い記事でしたよ!!!)

 

重要なのは狂人性と秀才性を葛藤させながら思考させること

ここでいう狂人性とは、人のやらないことをやること、すなわち常識からの変異度を指していると考えてよいだろう。それにたいして秀才性とは、状況を把握して本質を理解するためのプロセス、すなわち状況への適応度だと考えられる。

 

「努力によって培った知識や実証を武器に、前例のない行動に踏み込む人たち」は、この定義でいえば「秀才的狂人」であり、2つの資質を兼ねそなえているのだ。

 

秀才型の思考は、つねに狂人型の思考が集中を邪魔してくるし、狂人型の思考は、秀才型の思考の不自由に縛られるからだ。2つの思考の両立はなかなか難しい。

 

創造性とは、「狂人性=変異」と「秀才性=適応」という2つの異なる性質を持ったプロセスが往復し、うねりのように螺旋的に発揮される現象である、という考えだ。

天才たちは、狂人的な変異の思考を全開にして、前例のない発想を無数に生み出しながら、

それらを秀才的な適応の思考によって取捨選択している。

こうした発想と取捨選択を超高速度で繰り返しているのが思考の構造なら、私としては大いに納得がいく。

天才と呼ばれる人たちは、誰でもできることを、高速で繰り返す癖がついているのではないか。

出典:「バカと天才は紙一重」が脳科学的に見ても大正解である理由

 

社会の中で、他者も自分も尊重できる最善を見つけだそうと

自分の中の二極の間で揺れるあなたは

きっと、優しさの化身。

あなたは、その優しさで自分と自分の思考を磨き上げてきたんだね。

天才の前に、とてもとても愛おしい存在だ。

 

私の思考がここまで辿り着いたら

あなたのことを更に好きになってたよ。

 

あなたは、大きな愛を抱えているゆえに天才なんだもん。

 

 

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