日本人にとって「リーダー」となりえるのは「才能や能力」と「人間力(社会性)」のある人

昨日の治療の中で、
『あまりにも過酷な環境のために
食べられない、食べてもチャージされない』という状態の改善のためのお話しをしました。

 

『食べられない、食べてもチャージされない』

 

簡単に率直に言うとこれは
『体が死にたがっている』という状態

 
 

患 「死にたがっていると認めてしまっていいんですか?
認めると楽になるんですか?」

 

って聞かれたことにお答えする中で
出てきたワードだったんですが。

 
 

(↑症状に対する東洋医学的アプローチはまたのちほど)

 
 

「才能や能力」と「人間力(社会性)」

 

「人間力」の中には「健やかな体」だって含まれますし、
物質としての肉体ならば
「生」と「死」でワンセットですよっていう
バランスの話しをしていたんです。

 
 

ということで

↓ 本日の本題がこちら。

 

日本人にとって「リーダー」となりえるのは、
「才能や能力」と「人間力(社会性)」のある人

 

海外と日本では、ヒーロー像がかなり違いますよね。

海外ではワンマン的

日本ではチームプレーが

ヒーローとして映えやすい。

 
 

↓そんな流れで見つけた名言です。

 
 

「東洋哲学では、才と徳の両方を兼ね備えている人を「聖人」、
才より徳が勝っている人を「君子」と呼びます。
才ばかりで徳のない「小人」は、いつの時代も決して重用されないのです」

北尾吉孝

 
 

この人に言われてもなぁ…ってなるのは
その人の「人間力」に対する評価なわけですよね。

 

逆に、
あなたにこんな風に言ってもらえるなんて
嬉しすぎてウルウルしちゃう、本当に光栄なこと
って思わせてくれるのも
その人の人間力のせい。

 
 

何を言ってもらえるのかも大事だけど
誰に言ってもらえてるのかも
すごく重要で
とても大事なこと
だよね。

 
 

 
 

自分を救ってくれるヒーローに
人間力(社会性)まで求めてしまう日本人は難しい。

 

だからこそ、
「才能や能力」と「人間力(社会性)」のクオリティーを
共に、バランス良く、 いつも一定以上のレベルで保っているという
異常なほどのプロ意識の高さがないと
日本ではヒーローが務まりませんねぇっていう、ねw

   

求められているレベルが高く
そのレベルの高さとは
「調和」という「高波動」のこと
すなわち「波動の高さ」
なんですもん。

 
 

「才能や能力」という個人の資質と、
「人間力」という他者の中で個人の資質を調和するよう生かす力を
求められているわけ。

 
 

 

真の英雄的行為は驚くほど淡々として劇的でもない。
それは人に勝りたいという思いではなく、
人に尽くしたいという思いからなされるものなのだ

アーサー・アッシュ

 
 

中庸 : 調和というバランスの世界

 

東洋医学では、
陰と陽、それから陰と陽のちょうど中間の「中庸」という概念
を用いて
体や症状の状態を把握、解消していきます。

 

生きるということは
死に向かって時間を進めること。
死 = ネガティブ だから、と
生から切り離すことはできない。

 

ネガティブ(痛みや傷など)も含めて
中庸としてバランスをとるという
排除ではなく
調和というバランスの世界
なんです。

 
 
 

体が死にたがっている

この、陰の(死にたがっている)分量によって
対策として必要になる陽の分量が決まるという考え方

 

ネガティブを回避・排除・嫌悪しすぎることで
意外にも崩壊するんですよ。

 

ネガポジでセットなのに
それを無理やり切り離すのは
生命(宇宙)の営みでは無くなってしまうでしょ?

 
 
 

あ…思ってたよりも今の自分は死の傍にいたんだなという
↑ これを最近のLINEでは「ICU」に例えていたんですよね。

 

今の自分がどこにいるのかを知ること、認めること

そこからでしか
本当に救いになる手立ては講じられないから。

 
 

一般病棟の人は
愛100mgで回復する
ICUの人は同じように回復するために
愛1000mgが必要、みたいなことだよね。

 
 
 

患 「死にたがっていると認めてしまっていいんですか?
認めると楽になるんですか?」

 

答えは YES なわけです。

 
 

過酷な環境に晒されているゆえに
今の自分の体は「健やか」が維持できなくなっている

 

陰の(死にたがっている)分量を知ることによって
回復に必要になる陽の分量がわかるから

 

愛100mgで回復していかないわけだわー
だって今の自分が回復に向かうには
愛1000mg必要だったんだもん
っていう「気づき」に繋がる。

 

 

その気づきこそが中庸を見つけ出す鍵で、
調和というバランスの世界で
健やかを叶える唯一のルートなんですよ。